かるーく巡る戦国時代と武将( ・`ー・´)

戦国時代と武将の考察と紹介をしてるブログです

考察

大河ドラマの主人公に抜擢されやすい戦国武将の特徴とは

以下は今まで大河ドラマ化された戦国の人物とタイトル一覧です。 太閤記 1965年 豊臣秀吉 天と地と 1969年 上杉謙信 春の坂道 1971年 柳生宗矩 国盗り物語 1973年 織田信長・斎藤道三 黄金の日日 1978年 呂宋助左衛門(商人) おんな太閤記 1981年 ねね 徳川家…

大河ドラマ『麒麟がくる』の序盤とその後の展開を予告等から予想してみた

2020年大河ドラマ『麒麟がくる』の予告が公開されましたね。 NHK 大河ドラマ『麒麟がくる』 なんやかんやありましたが、無事来年1月中の放送が無事決まり何よりです。 出演者・スタッフ・関係者の皆様お疲れ様でした。 今回はその予告から『麒麟がくる』のス…

明智光秀の次の戦国大河主人公はこの武将? 西国無双・立花宗茂

麒麟がくるが放送前ではあるんですが、待ちきれないので次の戦国大河の主人公を予想してしまおうというせっかち企画です。 もしかしたらシリーズものになるかも知れません笑 ちなみに麒麟がくるの次である2021大河は「青天を衝(つ)け」 日本資本主義の父と…

本能寺の変後、明智光秀はどんな未来図を描いていたのかを考察

浪人同然の身から200万石を超える大名達を操る権限を織田信長から与えられ、内政に置いては名君とも名高く、朝廷との交渉役としても活躍した明智光秀。 主君信長を討った本能寺の変で有名ですが、本能寺の変は数百年経ってもその理由と共に、目的がいまだに…

毛利家と織田家 天下人からの加増を断った二家の明暗

shisengoku.hatenablog.com 以前↑の記事を書かせて頂いたのですが、書ききれなかった二大大名も大幅加増を断っていたりします。 それが中国の毛利家。 織田信長次男、信雄が当主を務める織田(旧伊勢北畠家)家です。 太閤秀吉からの申し出を断った二家の決断…

現代人も要注意。豊臣家の命運を左右した2人が苦しんでいたとされる病

医療に対する知識や治療設備が充分では無かった戦国時代。 一度病にかかってしまえば現代では対処できる病気も死に至ってしまう事も多々ありました。 それは満足に治療を受けられる立場であった武将も例外ではありません。 戦国武将のカルテ (角川ソフィア文…

会津征伐~関ケ原 小早川家の動員と財政事情

〇〇国で〇〇万石の大名!と言われてもピンとこない事ってありませんか? (1石を米に換算すると大体1000合。成人1人が1年間に消費する量。) 戦国時代で最も有名な合戦である関ヶ原の時には、1万石辺りの動員兵力は250人だったとされています。 もちろん合戦…

秋田・浅利問題に庄内の乱 関ケ原の戦い前から漂っていた戦乱の気配

太閤豊臣秀吉死後、「秀頼が成人するまで政事を家康に託す」という遺言を受けていた家康は天下への野心を露わにします。 禁止と定められたていた大名家同士の婚姻を強行。 同じく禁止されていた他大名の大名屋敷の訪問。 そんな家康の横暴な態度に同じ大老で…

織田信長は本当に天下統一寸前だった? 本能寺の変前の各地方状況から探る

戦国時代が誇る三英傑。 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。 この中で唯一天下統一が叶わなかったのが織田信長。 しかし全盛期は最大石高は600万石といわれ、単独で抵抗できる勢力はほぼ皆無。明智光秀の謀反が無ければ天下統一目前だったと言われている事等の…

関東侵攻か越後・出羽への領土拡大か 上杉家が目指した関ヶ原の戦い

前回の記事で shisengoku.hatenablog.com 関ケ原の戦いにおいて上杉家と石田三成との間で会津に家康を引き付け、その間に三成が集めた連合軍が関東に進撃し挟み討ちにする。といった従来言われていた計画が無かったのでは?という考察についてお話しさせて頂…

豊臣政権下で減封された二世武将 その扱いが崩壊の原因?

このブログで最初に書かせて頂いた記事 shisengoku.hatenablog.com の最後で少しふれたんですが、豊臣秀吉は多大な貢献をした武将の息子(二世武将)に与えた領地をそのまま継がせる事を嫌っている節がありました。 今回は、そんな秀吉の下で大きく領地を失っ…